夢録 
20  新選組三番隊隊長 斎藤一直系ご子孫
藤田さん

(後編)    
19  新選組三番隊隊長 斎藤一直系ご子孫
藤田さん

(前編) 
18   
17 
(後編)  
16 
(前編) 
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14  無外流居兵道 範士九段 第十五代宗家 塩川寶祥照成 先生 
13  天然理心流 宮川清藏勇武 九代目宗家   × 無外流明思派 新名玉宗宗家 
(後編)
12  天然理心流 宮川清藏勇武 九代目宗家   × 無外流明思派 新名玉宗宗家 
(中編) 
   
11  天然理心流 宮川清藏勇武 九代目宗家   × 無外流明思派 新名玉宗宗家 
(前編)  
10 土方歳三 資料館 土方愛館長 
(後編)  
09  土方歳三 資料館 土方愛館長 
(前編) 
08  天然理心流 勇武館副会長 井上雅雄先生
(後編)  
07  天然理心流 勇武館副会長 井上雅雄先生 
(前編)
06  天然理心流 宮川清藏勇武 九代目宗家
(後編)
   
05  天然理心流 宮川勇武清藏 九代目宗家
(前編)
04  新選組近藤勇 局長ご遺族 宮川豊治さん 
03   作家 島地勝彦先生 
02  無外流明思派 新名玉宗宗家
01 作家 北方謙三先生
 
 
   
 
 
 
   
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13) よくぞ土方歳三副長愛刀の十一代兼定が残った


▲土方さんの肩越しに見えるのは、箱館から届けられた土方歳三佩刀の十一代兼定。幕末の京を駆け巡った本物がここに。 

武田 その後のご苦労話は凄かったんでしょうね。宮川先生、井上先生からもそのあたりのご苦労された話はお聞きしました。よくぞ土方歳三副長愛刀の十一代兼定が拵えも含めて残ったな、と思います。

土方さん 供出で出さざるを得なくてね。脇差の堀川国広はなくなりましたが、この先祖ゆかりの兼定、十文字の槍だけは、ということで残してもらったそうです。

武田 兼定は、柄糸がボロボロですね。柄糸は革でしょうか。

土方さん いえ、巻きなおすことなく、柄を漆で固めているんですよ。

武田 それは凄いですね!この柄を見るだけで、土方歳三さんの覚悟が伝わってくるような気がします。箱館から市村 鉄之助氏が託されて持ち帰ったこの一振りを見て、ご親族は驚かれたでしょうね。お洒落であった土方歳三さんが、巻きなおさずに漆で柄糸を固めていたんですから。覚悟が十分あったんでしょうね。

土方さん 巻きなおす時間もない激戦だった、ともいえるのかもしれませんが、とにかくこの一振りを守るのも大変でした。中極意位目録だって、名前を隠すために改ざんしているんですよ。歳三を削って義昌と書かれています。

武田 勝った側にも理屈はあり、負けた側にも理屈はあるんでしょうが。

土方さん 長崎に行ったことがあります。そこから見るとまた景色も違って見える。当時あれだけ外国人と接するところなら、関東から見た正義とは違う考え方もあったんでしょう。歴史は双方の立場から見ないと理解できないように思います。

武田 私は福岡ですが、福岡、九州から見た見方と、東京に出てきて東から見た見方では違うんだな、と感じました。

土方さん 多摩には海がありません。江戸しかないんです。その江戸を守ろう、と考えるのと、周りが海で、海の向こうからの圧力に対する危機感、周りからの刺激を感じるのとでは違うように思います。



14)「こういう日本人がいたんだよ」


武田 しかし、徹頭徹尾将軍家を守ろうとした、その筋の通し方には驚きます。

土方さん そうですよね。あれだけ利を見える人なら、損得勘定で言えば不利だとわかっていますよね。「これはもう無理だ」と感じたでしょうが、無理か無理じゃないかといところに歳三さんは価値観があったわけじゃないと思います。

武田 なるほど。わかっていたが、それは問題じゃない。そこに価値観はない、ということですね?


土方さん 榎本武揚さんが後に書をくださるんです。歳三さんのことを部屋に入ってくると風が吹いてくるようなさわやかな人だった、と評した文です。

武田 素晴らしいですね。土方歳三さんがそういう生き方をされたから、「武士とはこういうものだ」と言えるんだと思います。

土方さん ありがとうございます。

武田  自分個人の感情ではなく、公のために生きようとした日本人がいるんだよ、と私たちは子どもに言えます。そういう存在である土方歳三さんがいるのは非常に誇らしいことだし、日本人としての財産ではないかと思います。私も今に残るその後ろ姿を見ながら鵬玉会の会員のお役に立ちたいと思います。

土方さん 武士道というのは口で説明しづらく難しい世界ですよね。子どもたちに伝えられるものとして残していきたいですよね。

武田 そうですね。次世代の子どもたちにつなげるかは非常に重要だと思います。

土方さん 私は土方歳三という人物が石田にいて、こういう人だったという人となりを子孫として伝えていこうと思います。ぜひ興味があれば、ここにいらしてその空気を感じていただきたいと思います。丁寧に取材していただいてありがとうございます。



鵬玉独白

「武士道」を語るとき、わかりやす事例を出せば「忠臣蔵」の赤穂浪士か、あるいは新選組の名を出すことができるだろうと思います。私たち現代人の目には、筋を曲げずに最後まで戦いとおした人たちというイメージでしょうか。
そしてそのイメージを代表するのが、新選組副長土方歳三です。

作家浅田次郎先生もこの土方歳三を大好きなようで、かの名著「一刀斎夢録」には、無外流の大先輩、斉藤一の口を借りてこう表現されています。
「(明治の顕官たちの口からは)土方歳三の名は出ぬ。仮に誰かが口を滑らそうものなら、たちまち失言を被うように話題が変えられた。
どういうわけか、わかるかの。
御一新の戦の敵味方にかかわらず、生き残った者にとって土方歳三の名は、禁句であったのだ。
武士の時代を双肩に背負ったあの死に様はの、かつて武士であった者たちの目にはあまりに眩しく、あまりに輝かしく、その名を口にするだけでおのれの栄光がすべてめしいてしまうように思えるのであろう。」

土方愛さんも、おそらくこの土方歳三副長のご子孫である、という事実を背負い、たくさん勉強され、自分を律してこられたのでしょう。事実、かつて榎本武揚が土方歳三を「風が吹くようだ」と言ったように、爽やかな方でした。剣は受け継いでいらっしゃらなくても、きっと魂は受け継いでいらっしゃるのでしょう。

武道も武士道も、個人の成長とともにあるように思います。このような生き方をした日本人土方歳三がいたことを誇りに思い、一歩ずつ成長したいと思います。

そして私は、土方歳三が組織全体をよく観察したように、鵬玉会会員の一人ずつを見、大事に成長するお手伝いをしたいと思います。






 


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